ネットにちょっと良いコメントが有ったので 転載させて頂きます。
建築マップに届いたメールより 2001年11月28日
私は、中銀カプセルタワーを事務所として使っている者です。「メタボリズム」の考えかた、勉強させていただきました。ただ、決定的にかけている視点として、空間のありかたと都市のロケーションがありました。カプセルタワーは果たして居住を目的として作られたのでしょうか。洗濯機は置けません。無目的な空間とバス・トイレそして、作り付けの冷蔵庫と収納、冷暖房と最低限のユニットで構成されています。私にとっては、必要最低限の空間と機能がここに集約されています。また、ロケーションにしても、銀座8丁目は、私のような職業にとっては、理想的です。東には浜離宮、西には銀座の繁華街、かつては窓から東京タワーが見えました(汐留め開発で見えなくなってしまった)。
若かりし日の建築家の勢い、だったことは、間違いないと思います。ただ、ここまで、人間性を制限するような建築物はあまりないのでは、また、そうした空間を必要としている人間も、「街」もあるのではないでしょうか。
構造的な問題による「雨漏り」に悩まされながらも、この空間で仕事ができることを「幸せ」に思っております。
私は、この建物がとても気に入っています。私を訪ねてくる「クリエーティブ関連」の連中も、感動して帰っていきます。建築家の自己主張や「無駄」を許さない社会は基本的に良くないと考えています。使い勝手とは、使う側の主観的判断によるものでしょう。住み心地が良くて、安全で美しい建築物ばかりある都市は、つまらないと思います。それは単なる意味ではないでしょうか。
気が狂ったようなテンションで、時代に「価値」を投げかける根性が建築家には、求められているのではないでしょうか。
私は「デザイナーズマンション」に反吐がでます。空間プロデューサーの作ったカフェにもたまらない嫌悪感を持ってしまいます。若かりし日の黒川何とかは、ともかく「根性」があったから、中銀にこんな馬鹿な建物を作らせることができたのでしょう。
時代は、「コンセプト」を、また、求め始めた気がします。
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